まえがき

  • はじめに
  • 近代の時空性の変化
  • 絵空ごとになってしまった古典絵画
  • 映像化をめざす絵画

はじめに

私たちがかつて青少年期に初めて遭遇した「近代絵画」が印象派の絵画でした。
当時プリミティブに対象を写すことに喜びを見い出しつつあった私たちの目には、彼らの鮮やかな色彩や、筆触(タッチ)は異質なものでした。
言わば自身の古典時代にあった私たちは、近代と遭遇した<異和>を無理やり飲み下したのではなかったでしょうか。私たちが覚えたはずの<異和>を掘り起こし、古典と近代の差異をあきらかにし、私たちが直面している<現在>を解く鍵にしたいというのがここでのモティーフです。

もう一つのモティーフは、現在、私たちが直面している情報テクノロジーの変化、コンピューターグラフィックス、インターネットのあり方を探りたいという事です
。これらの情報技術の登場は、ちょうど十九世紀当時の写真の登場を思わせます。当時の芸術家たちは芸術領域の優位を信じ主張するあまり、写真を下等な機械技術として位置づけ近代の時空性の変化をつかみ切れませんでした。その状況をあらためて明らかにすることで、現在私たちが直面している情報技術の激変に対する態度の鏡としたいのです。

それぞれの時代にはその時代の社会環境文化の水準から、個人の差を越えた、時代の時空性、時間認識、空間認識の水準が想定できます。時空性とは、私たちの時間認識、空間認識によってもたらされる世界の広がり方をさしています。
そこで私たちは今、芸術表現をその内側だけからかんがえることから少しはなれ、近代とよばれる時代全体を包む根底的な時空性の変化をみることにします。
まず私たちは、現在から十九世紀初頭にまでさかのぼり、かつての印象派周辺の画家たちの営為と時代の時空性を体現していた写真技術の進展をみていきます。

近代の時空性の変化

近代の時空性は残念ながら芸術からではなく、科学技術からもたらされました。
科学技術のもたらした近代の時空性は、歪みを駆逐し、等質な時間空間の領域を広げ、さらに高密度化しようとする強い方向性をもっています。科学の理論と実証によって、かつては神秘や不思議として閉ざされ、言わば時空の歪みとしてあった世界の未明の部分は等質な時間空間の広がりを獲得していきました。その広がりが工業生産、産業によって具体的な事物となり日常生活に浸透し、人々の時間認識、空間認識(世界観)を変えていったのです。視覚の面で近代の時空性をそのままあらわしていたのが写真です。近代の時空性の変化のなかで神秘や永遠の表現であった古典絵画も当然その変化の波をかぶることになりました。

絵空ごとになってしまった古典絵画

若林直樹氏は「現代美術入門」で、「十九世紀の科学主義と写真の登場はそれまでの絵画を文字どおり絵空事にしてしまった」と述べています。彼によれば、絵画の被った変化は、もはや描写の技術の問題として解ける段階にはなく、絵画が歴史の現在性にとどまるためには「神話的なまたはロマンティックな物語の想像の世界から、現実に画家が住んでいる世界へのテーマの変換」が必要とされたいうことになります。

十九世紀のなかばには、濃密だったはずの古典絵画の時空性は、人々の目には「絵空事」とみえるほど時代の時空性の水準は高度化していました。一方、近代の実証的な時空性を体現していたのが写真です。写真映像は事実としての信憑性において絵画の図像を圧倒していたのです。古典絵画が主題をかえるだけで絵画が絵空事にみえるのをくいとめられたかというと、そういう訳にはいきませんでした。近代の時空性の変化は絵画そのものを根底からゆるがし絵画は解体の危機に瀕していました。

近代画家の抵抗

芸術表現は個人が時代の時空性の帯のなかにありながら、その方向に抗い、より高度な個の時空性を開こうとする行為です。解体の危機に瀕した絵画が歴史の現在に留まるには、画家は近代の高度な時空性を観念的に統括しさらにそれを超えた地平を示さなければなりません。近代画家の苦悩の営為は具体的には、写真のもたらした高度な再現性にいかに対峙するかにありました。

画家が意識するにせよ無意識のままにせよその表現は必然的に写真映像に体現された時代の時空の流れに対峙して、その時空を押し上げたり、あるいは埋没したりする表現の動きとしてみられることになります。ここでは近代絵画の表現の変容を<絵画の映像化>の度合いとしてみていきます。ここで言う絵画の<映像化>とは、絵画が近代の時空性を獲得しようとする営為をさしています。絵画が即、映像をめざすという意味ではありません。