近代芸術の抵抗

近代芸術の抵抗
(前文)

今、私たちの目に心地よく美的に、ある意味無難に映る近代の絵画は、生み出された当初は、人々の常識を覆す過激な前衛的表現であった。
近代絵画が生まれる19世紀のヨーロッパは、なおも残る中世の旧体制を完全に打ち捨て、近代の世界を構築しようとする社会の動乱期にあたる。拡大する富によって人々は神の支配する世界観から脱却し、理性に基づき自然、人間を解明し、真の人間らしさを求める力を得る。貴族、ブルジョワジー、さらには労働者階層が次々に台頭し、科学革命と政治革命の潮流を生む。

科学革命の潮流は、18世紀の産業革命、それに続く技術革新をもたらすだけでなく、自立的な学問、哲学の誕生、さらには、この論の主題である芸術文化の誕生とも深く連動している。一方の政治革命の潮流は、フランスでみれば、1789年のフランス革命以降、政治を主導するブルジョワジーとそれに不満をつのらせる労働者階層の力関係の変化によって政治体制は、立憲君主制、共和制、帝政など、王政、民政のあいだを行きつ戻りつ、目まぐるしく変転する。ここで取り上げる近代の画家たちが世界の本質をいかにとらえいかに表現するかという問題は、単に絵画の意匠の問題に終わらず、自分たちが動乱の時代をいかに生きるかという問いと密接に結びついた、いわば命がけの問題でもあった。

近代絵画は、必死で流動の時代を生き抜こうとする画家たちによる、時代の変化、リアリティを映しきれなくなった古典絵画に対する、激しい抵抗の営為によってもたらされたといえるだろう。

1997年(2017年復刻)